2012年1月23日

人は聞いた言葉に同調する



幸せな話を聞けば自分もふんわりと柔らかな気持ちになる。

つらい話を聞けば自分までつらくなってくる。


だから
いいニュースをみんなに話そう!





2012年1月22日

「誇りに思っているよ。」

三度目の失敗に意気消沈して

友人に電話をした。


「おまえのこと誇りに思っているよ。」

その友人の「ひとこと」に涙がでそうになる。

何度失敗したっていいじゃないか。
あきらめなければ失敗なんてない。

2012年1月17日

断舎離

我が家の「断捨離」

増え続ける洋服、食器、そして本。収納スペースの少ない現代の家で、どうやって生活用品をスリム化するのかは大きな課題です。

「もったいないわ。」「高かったのよ。」「シルクで物がよいのよね。」「これ最高級のカシミヤなのよ」「大切な人から頂いた物なの。」等々、捨てられないことに理由をつけて部屋に飾っていたり、大切に納戸に収納しています。
実際にはその存在すらすっかり忘れてしまっていることもよくあります。探し物をして納戸を整理していると、「こんなところに、こんなものが」と思い出にふけってしまうこともしばしばです。
大切なら使えばいいものを、なぜこうも後生大事に取っておくのでしょうか。性分といえばそれまでなんですが、実は、買う時に吟味して買っているんですよね。衝動買いはほとんどないのです。なのにどうしてこうも物は増え続けるんでしょうか。摩訶不思議!!
家中にため込んでいる物を、捨てて、捨てて、捨てまくる―そんな片づけの術「断捨離」が数年前から人気を集め、今ではブームのようになっています。
断=不要物の流入を断つ、捨=ガラクタを捨てる、離=物への執着から離れる、という意味です。判断基準は、使えるか使えないかという物に置くのではなく、自分がいま使うか使わないかと、自分に判断の軸を持ってくるものです。
最近は「ときめき」を基準に捨てるか残すのかを決める、というのが話題になっています。わたしにとって、「ときめき」を感じない物って買っていないのですよね。古くなればなるほど味の出る食器が好きです。穴があいたり破れたりでもすればいとも簡単に捨てられるのでしょうが、物を大切にするのが性分です。50歳を超えた今でも小学校6年のときに母から買ってもらったセーターを大切に着ています。これを書いている今も、長女が中学生の時に着ていたラコステの紺色のセーターを着ています。学生時代にアルバイト代をはたいて買ったブーツも娘たちが使ってくれています。
これってもしかしたら。ガラクタを持っていない?・・・
でも、今使わないものはたくさんあります。「離(物への執着から離れる)」が実践できていないということになるのでしょうか。
じつに「断捨離」は難しいと思います。

この年末年始に娘たちが里帰りをした折、生活をスリム化するようにと言われました。必要ないものは捨てなさい、ということのようです。「どうせママは、必要あるって言うんでしょけど」といいつつ、知らない間に捨ててくれているのかもしれません。
そんな折、日経MJのコラムに八塩圭子(フリーアナウンサー)さんが、『マーケ理論でスリム化』という記事を書いていました。生活用品や持ち物の仕分け、彼女の場合は洋服と食器にターゲットを絞ることのようですが、この仕分けの作業に経営戦略の理論「PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」を使おうというのです。マーケティング的仕分けです。これは面白いと思います。
PPMでは縦軸に市場の成長率を、横軸に相対的なマーケットシェアをとり、各事業がどこに位置するか見極める手法です。
市場成長率も相対市場シェアも高い「花形」、成長は鈍化してもシェアの高い「金のなる木」は、その名の通り価値あるものとして大切にします。洋服や食器でいうなら、現在よく使っていて、これからも使う可能性の高いものが「花形」になります。現在よく使っている物が、文句なく「金のなる木」なのでこれも同じく大切にするものです。
では捨てるものは、、、というと、成長率が高くてもシェアが低い「問題児」と成長率もシェアも低い「負け犬」が対象になります。
「問題児」は使う可能性が高いけれども現在使っていないものです。この「問題児」こそどうやって「花形」にしていくのか・・・です。そうです、使えばいいのです。使えば、そして着れば「花形」です。あー、捨てなくていい。(安堵)。
では「負け犬」は我が家から撤退させられ、捨ててしまうことになるのでしょうか?
我が家では「負け犬」も宝物なのです。これからは負け犬なんて言わせません。まずは、今使わないけれども、今後は骨董品として、飾り物として季節を飾る調度品「問題児」に育て、徐々に「花形」に成長させましょう。

やっぱり、私の基本的精神は「もったいない」でした。

2012年1月4日

ことばの獲得・・・ポエムを口ずさむ

還暦を迎える友人たちが語る。
「赤いちゃんちゃんこの年になっちゃったわ。」

74歳になる「加山雄三」が
還暦を迎える友達より若く見える。

これも
「セルフトーク」のなせるわざ? なのかしら。

友人と語る。
こんな詩があったよね。

原作 サミエル・ウルマン
邦訳 岡田 義夫

青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相ようそうを言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦きょうだを却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、
こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うときに初めて老いが来る。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や狐疑こぎや、不安、恐怖、失望、
こう言うものこそ恰あたかも長年月の如く人を老いさせ、
精気ある魂をも芥あくたに帰せしめてしまう。

年は七十であろうと十六であろうと、
その胸中に抱き得るものは何か。

曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、
事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる、
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる、
望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。 

これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷あつごおりがこれを堅くとざすに至れば、
この時にこそ人は全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。



蔵版   青春の会